わたしノート 原田治とわたしの育った家

わたしノート 原田治とわたしの育った家
草が生い茂った庭を一緒に草刈り

先日家族で「原田治展」を観に世田谷文学館へ行ってきました。

インスタ中毒者のわたしはこの写真を見て開催を知ったのです。

https://www.instagram.com/p/Bz-b4UYFTJL/?igshid=psa598eew5le

すぐにミスドの人!となりました。会期の内容を知るまで原田治という人が描いたイラストだと知らなかったのです。

わたしが子供の頃、原田治氏のミスタードーナツグッズを母と集めていたのを思い出しました。母が原田治氏を知っていたからあつめていたのか、ただ可愛いからなのか、自分が甘いもの好きでミスタードーナツのドーナツをたべるついでだったのかはわかりません。ドーナツ食べたさな可能性が高い気がします。

だから原田治氏の描いたイラストは、自然とわたしの思い出の一部となっていました。

世田谷文学館の中、目に入る原田治氏の作品の数々に興奮しました。狭小ジャングルと子供はドン引きしていました。ちょうどよくこの文学館内に子供向けの図書スペースがあったので、狭小ジャングルがわたしがゆっくり見れるようにと子供といてくれました。

起床時間が8時10分だけど、針は50分

原田治氏の幼少期からの作品が展示されています。小学2年生の絵日記は、子供がいる身としてはホクホクしてしまいます。つい最近までわたしもこんなだったのに。

ニューヨークにいる頃、日本帰国後の作品は全く見たことのない作品でした。

思い出補正も強く、今心は原田治氏の作品の数々にゾッコンです。あの頃のものだ!と感じるものを収集したくなる欲求がっ。

家に帰ってからも興奮するわたしに狭小ジャングルから「今そういう意識になっているだけだから、ものを集めるのはやめなよ」と冷静な喝が飛んできました。

わたしの時代

子供は完全にお付き合いモード。わたし「かわいいじゃん!好きでしょう!」イラストなんだから子供は好きだろうと強要するもさらに飽き飽きしている様子。唯一の共感はこちら。

現代の子供も反応する作品

赤ちゃんの時から見ているクマさん。こんな小さな子供でももう思い出があるんだよね。

こんなにシンプルな線でかわいいの全てが凝縮された作品にメロメロしています。色合いも勉強になる。

わたしノートってタイトルで記事を書いてみたのは、展示でこれを見たから

帰ってから早速ブログ「原田治ノート」を見ました。アクセスしたけど、勿体無くてまだちゃんと読めていない。母が残したものを見れないのと少し似た感覚。

母のことによる影響なのかな。ものの収集に走っちゃうのは本能なのか、不安を紛らわすためなのか。いや、母が生きていても同じ気持ちだった気がする!

このあとすぐ、わたしと子供は実家の盛岡へ帰ってきました。

東京の母の部屋もこの家もあの日から時間が止まっています。ドラマとか映画で、子供がなくなってその日から何も部屋を変えていないっていうのを見ますが、あれよくわかる。一人一人こだわりか無意識か、その人にしかできない片付け方があります。だから、もうここから動かしたら再現できないって追い詰められるような気持ちになる。

けどいつまでこうしているんだろうって考えると永遠には無理だよね。写真を撮るようにして、いつかは変えないと。

ずっと母と生活していた家。時々祖父母や親戚が来ていて賑やかなときもあった。今はわたしと子供だけ。こんなに静かだったんだって不思議です。母と二人でもそう感じたことなかったな。

探し物をしていてふと扉を開けたら、原田治氏デザインの封筒が!わたしと母がここにいたんだって、ずっと過ごした日々感じれるように母が見せてくれた気がしました。

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